新着記事

  • ふりかえる

    内なる他者

    昔、精神科医・斎藤環の本の中で、「内なる他者」と出会うという言葉を知った。たしか、「ひきこもり」問題について述べられていた箇所で、その原因の説明に焦点が置かれていたように記憶している。私の関心に沿って、斜め読みさせてもらったのだが、誤解を恐れずに言えば、斎藤環は、「ひきこもり」の問題点だけでなく、それを理解した上で、「創造性」にまで高めてゆくという意識を有していたように思う。「ひきこもり」の結果、...

    2023年1月30日

    中西 哲也

  • 人生

    しょーもね

    軽いタイトルになってしまったが、文章を書いているときに、何かに取り憑かれているようになっていると、他のことなど全く眼中になくなる。そのため、昔はほとんどそれ以外のことは意識していなかったのだが、日常生活を送ることに注力せねばならなくなって、別にしたくもないことをしていると、タイトルのような感情に、どうしてもなってしまうのだ。それば、売れている作家であれば、やはり名文家は世離れしている人だと、逆に誉...

    2023年1月24日

    中西 哲也

  • 教育

    めぐりめぐる

    くだらない話なので、1回でまとめたいと思う。因果応報とはよく言ったものだが、生徒に教えていると、過去の自分の体験と似た構造が頭に浮かんでくる。アナロジーとでも言うのだろうか。テナントを借りる前に、自宅で教えていた時、2台分の駐車場を借りていたが(父の車を入れると3台分)、それでも足りない時間帯があった。間の悪いことに、保護者さんが別の駐車場に駐めて待機していて、借り主と鉢合わせてしまうという出来事...

    2023年1月21日

    中西 哲也

  • ふりかえる

    占いと学問

    何度も繰り返して申し訳なく思うが、研究が行き詰まったのが、評論の始まりになった。それは、今から振り返ると、自分という人間とは何者かを知る、大きな転機であったのだが、当時は、お先真っ暗という感じであった。うすうすと学者のやっていることや人となりに、うさんくささを感じつつも、学びながら将来飯を食っていきたいということに対して、淡い期待を抱いていたのも確かである。今から考えると、自分を知らなかったのだな...

    2023年1月12日

    中西 哲也

  • ふりかえる

    思いがけず

    人生においては、思いがけないことが起こりえます。今回は、そのことについて話しますが、微妙な問題です。話したいんだけれども、知られてほしいとは思わないというような感じです。スティーブ・ジョブズが述べているように、今自分がしていることが将来につながることを信じるべきなのですが、彼自身がそうであったように、点と点がつながったと分かるのは、将来のことだということは、もどかしい限りです。つまり、やっているこ...

    2022年12月18日

    中西 哲也

  • 教育

    自己肯定と自己否定

    ここに辿り着くまでに、紆余曲折があった。そろばんを教えるのを手伝うといっても、大学院生だった時に、手伝っても嫌になって、やめて、また戻るの繰り返しだった。また、教える仕事とはいっても、姉や弟のように、学部生だった時に教えた経験があるわけでもない。柄ではないと思っていたからだ。それは、私の過去を知る学校の先生が、今の私を見ても、ほんまかいなという気持ちになるだろう。同級生たちは、私が真面目だと勘違い...

    2022年11月29日

    中西 哲也

  • 教育

    学ぶということ

    兄弟・姉妹でも、性格や能力は異なるものだ。親は、日ごろから子どもとどのように接しているのだろうか。私には、子どもがいないし、結婚もしていない。ある保護者から、子どもは宝なんですよ、と言われたことがあった。そのあたりにいる親は、子どもを自分と同一化して、愛している。自然な感情なのだろう。しかし、冷静に、客観的に、親は自分の子どもを見るべきなのではないかと思うことがよくある。というのも、明らかに学習の...

    2022年11月28日

    中西 哲也

  • 私と評論

    対象に入り込む

    評論に本格的に取り組む前に、博士論文や投稿論文をボツにされた。その時は、失格者の烙印を押されたような気がしていたが、小林秀雄や太宰治を読むことで、前に進むことができた。客観的に見た時、私の言葉は、「負け犬の遠吠え」のように聞こえるかもしれないが、私は、これで本当によかったと思っている。将来、太宰について本をまとめたいと考えているが、彼は「脳病院」の体験を通じて、主観と客観の問題について深く問うこと...

    2022年11月27日

    中西 哲也

  • 私と評論

    苦悩

    太宰論においてほとんど共通認識となっているのは、太宰作品が、自他の認識の相違に焦点を当てているということだ。彼の作品や登場人物に多くの人が感情移入できるのは、「道化」という言葉に象徴されるように、仮面をかぶって日常生活を送っている側面が、誰にでもあるからなのだろう。しかし、太宰治の本当の魅力は、私からすれば、学者や評論家批判にある。『人間失格』と並行して書かれた随筆には、フィクションではなく、作家...

    2022年11月26日

    中西 哲也

  • 私と評論

    前田英樹『批評の魂』

    今回は、前田英樹『批評の魂』(新潮社、2018年)を取り上げます。前田が取り上げている批評家は、主に小林秀雄ですが、河上徹太郎も出てきます。そして、同書の軸は、小林が、自然主義文学者の正宗白鳥との論争から、その白鳥の思想に理解を示すに至る過程です。前田は、丹念に小林の著作の核心を説明してくれているため、非常に読んでいて楽しかったです。以前に前田の本を取り上げたのですが、しっかりと小林の著作を読み込...

    2022年11月13日

    中西 哲也

  • 私と評論

    浜崎洋介『反戦後論』

    今回は、浜崎洋介『反戦後論』(文藝春秋、2017年)を取り上げます。浜崎は、小林秀雄に関する書籍も出しており、「文芸批評家」として、参考にすべき点が多くありました。今回は、自分の頭を整理するという狙いにくわえて、彼の「評論」の方法についても学んでみたいと思います。今回取り上げる書籍は、彼が長年取り組んできた論考をまとめたものです。そのため、多様な論点が抽出され、考察されているので、正直、現在の私の...

    2022年10月30日

    中西 哲也

  • 太宰治

    「作家」としての課題

    福田恆存や三島由紀夫に関する書籍などを読んでいて、「生活」と「芸術」が文学者に関する中心的テーマとして取り上げられていた。今回は、このテーマが、主観と客観(自分と他者)の問題とどのように関わっているのかについて考える。精神病院に入れられた経験から、太宰治に関心を持ったのだが、彼は率直に「生活がわからないのだ」と言っていた。ただ同時に、そのことが自分の文学の根幹になっているとも述べていたように記憶し...

    2022年10月23日

    中西 哲也

  • 日本的なるもの

    前田英樹『定本 小林秀雄』

    今回は、前田英樹『定本 小林秀雄』(河出書房新書、2015年)を取り上げます。近代批評の礎を築いた小林秀雄の思想について、前田は、小林の著作を丁寧に読み解きながら、解説しています。前田の視角を詳しく解説することはできませんが、私なりの視点から、前田の著作をまとめておきたいと思います。前田の著書の意義は、「何が創造を生むのか」という点について、小林の考えを整理したことにあります。芸術家の独自の「問い...

    2022年10月20日

    中西 哲也

  • 太宰治

    太宰治『斜陽』

    今回は、太宰治の「斜陽」を、ドナルド・キーンの解説を参考にしながら読み解き、その意義について考えてみたいと思います。なお、『ドナルド・キーン著作集』は、第1巻と4巻を参照しました。『斜陽』は1947年に出版されましたが、翌年6月に太宰は自殺しています。同作品の主人公は、「没落貴族」で、まさに敗戦後の時代情勢に合致したものであったことも影響して、反響を呼んだそうです。さらに深く掘り下げると、外国出身...

    2022年10月17日

    中西 哲也

  • 私と評論

    「客観性」とは何か

    別に大学教授の文句を書きたいわけではない。ただ、自分が研究から評論に向かうにあたって、かつて自分が目指していたものとは何だったのか、また自分には肌が合わなかった理由は何かについて、改めて整理しておくことが必要だと感じた。個人的には、大学教育の魅力は、学位ではないと思う。というのも、私自身が、博士を単位取得満期退学しているのに、正社員として社会に貢献していないからだ。「費用対効果」から見た場合、私に...

    2022年10月10日

    中西 哲也

  • 私と評論

    「科学」批判のきっかけ

    今回は、「科学」批判をすることになった、私の経験について書いてみたいと思います。「科学」を信奉されておられる方には、私個人の問題として片付けていただいて、まったく構いません。簡潔にまとめると、それは、すべて学者との出会いでした。博士課程まで進んだので、学者と直接対話する機会を得ることができた点は、ある意味では、貴重な経験だったかもしれません。ただ、結論的に言えば、彼らのような、客観的で、合理的な人...

    2022年10月9日

    中西 哲也

  • 太宰治

    松本和也『太宰治「人間失格」を読み直す』

    今回は、松本和也『太宰治「人間失格」を読み直す』(水声社、2009年)を取り上げます。以下では、同書の全体の構図を把握した上で、その論理を抽出し、それを批判的に検討します。まず、松本が批判の対象としているのが、“太宰治神話”です。簡潔に言えば、太宰治の「死」の謎は、彼の作品を読み解くことで解明することができるという考えです。そのため、彼の作品は、彼の実人生と照らし合わせて解...

    2022年10月9日

    中西 哲也

  • 太宰治

    作家と作品

    私は、軽い男のくせに、へんに堅苦しいところがあって、最初の著書は、ちまたに出回っているような内容が薄い本にはしたくないと考えていた。ただ、実際にその通りの形にしてみたが、評判はかんばしくない。引用文が多いからである。私は、自称「文芸評論家」として表現していきたいと思っているのだが、結局、所詮は「理論」から学問の世界に入らねばならなかった男なのだ。私の「核抑止」に関する学術論文は、理論的な枠組みを理...

    2022年10月4日

    中西 哲也

  • 私と評論

    生活経験から学問を立ち起こす

    タイトルの言葉は、拙著でも引用していますが、小林秀雄が語ったものです。今回書きたいことは、生活経験を見つめることから学ぶという姿勢が大事なのだということです。それが、研究から評論に進む際に、私が強く感じたことです。前回述べたように、学者は、一般の人よりも、たくさんの本を読んで意見を出している場合が多いです。自分の研究が、もちろん個人的興味・関心から出発しているにしても、社会に役に立つような発明や発...

    2022年10月3日

    中西 哲也

  • 私と評論

    「自己弁護」が目的ではない

    別に大家でもないのに、大仰なタイトルをつけたものですが、太宰治の随筆を読んで、私自身が表現方法について見つめる機会を得ることができました。今回の目的は、太宰論を展開することではなく、私自身の経験を踏まえて、彼がどのような思いで随筆を書いたのだろうかと、思いを巡らせることです。まず、私が太宰に興味を抱いたのは、私が彼と同じく、精神病院に強制入院させられたからです。それでは、その経験は、彼にとってどの...

    2022年10月2日

    中西 哲也

  • 太宰治

    齋藤孝『超訳 人間失格』

     今回は、齋藤孝『超訳 人間失格―人はどう生きればいいのか』(アスコム、2020年)を取り上げます。太宰治の名著『人間失格』が、齋藤孝によって丁寧に解説されています。この記事では、同書のあらすじを踏まえながら、重要な論点を整理してみたいと思います。 どの解説書でも指摘されているように、『人間失格』の主人公・大庭葉蔵は、人間の生活を理解できずに、おびえていました。葉蔵は、人間とのつながりを何とかつな...

    2022年9月18日

    中西 哲也

  • 太宰治

    『対照・太宰治と聖書』

     今回は、鈴木範久・田中良彦『対照・太宰治と聖書』(聖公会出版、2014年)を取り上げます。とくに「利用にあたって」と「解説」を読んで、太宰治と聖書に関する論点を、私なりに整理しておきます。 まず、太宰がもっとも重視した聖書の言葉は、「己を愛するのと同じように、隣人を愛せ」というものでした。つまり、自己と他者を対等に置くことができるかどうかが、太宰にとって大きな課題なのでした。太宰が自覚していたよ...

    2022年9月5日

    中西 哲也

  • 太宰治

    東郷克美『太宰治の手紙』

     今回は、東郷克美『太宰治の手紙』(大修館書房、2009年)を取り上げます。東郷は、太宰の手紙を検討して、太宰が自殺した理由について述べています。私は、とくに太宰の戦後の手紙に着目して、東郷の考えを紹介したいと思います。 太宰は、戦後「パンドラの匣」という作品で出発しました。これとその後の作品で書かれていた点は、太宰の手紙の内容と一致しています。具体的に言えば、太宰の理想とは、罪を自覚した者たちが...

    2022年8月16日

    中西 哲也

  • 太宰治

    斉藤利彦『作家太宰治の誕生』

     今回は、斉藤利彦『作家太宰治の誕生―「天皇」「帝大」からの解放』(岩波書店、2014年)を取り上げます。斎藤は、日本が太平洋戦争に向かい、そして敗北したという時代背景を踏まえて、太宰治という作家個人の思想を考察しています。 まず、そのような時代背景における特徴は、「家族国家」体制でした。それは、私生活の「家父長制」を基盤として、国家権力の天皇を父として崇めるというものです。とくに太宰の生家は、浄...

    2022年7月4日

    中西 哲也

  • 太宰治

    三谷憲正『太宰文学の研究』

     今回は、三谷憲正『太宰文学の研究』(東京堂出版、1998年)を取り上げます。太宰の『人間失格』が『如是我聞』と並行して書かれたことを踏まえて、志賀直哉批判との関連についても、三谷は説明しています。以下では、三谷の研究を参考にしながら、私なりに、戦後の太宰の動きを整理してみます。 一方で、三谷が経緯を詳細に検討しているように、当初太宰は志賀の文学を、幸せな生活に感謝することを書いた「不滅の文学」と...

    2022年6月16日

    中西 哲也

  • 太宰治

    太宰治の「桃源郷」

     前回は、安藤宏の書籍を取り上げましたが、今回は、安藤の議論を基礎として、太宰治が理想とした「桃源郷」とは何かについて考えます。参考資料は、安藤宏「太宰治と現代―「自己の内なる天皇制」」(『文藝別冊 KAWADE ムック 永遠の太宰治』河出書房新社、2019年)です。 簡潔に言えば、それは、天皇を倫理の儀表に据えて、個人が罪を自覚して、己を愛するように他者を愛するようになることです。この構想の背景...

    2022年6月9日

    中西 哲也

  • 太宰治

    安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』

     今回は、安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』(筑摩書房、2002年)を取り上げます。安藤は、奥野健男が指摘した「罪の意識」ではなく、「関係」によって太宰文学を捉えようと試みています。それは、簡潔に言えば、「悲劇の英雄」というよりも、むしろ「関係の悲劇」でした。以下では、この安藤の視角を確認しながら、太宰治の前期・中期・後期を整理していきます。 安藤によれば、太宰の最大の特徴は、他者との間に「...

    2022年6月3日

    中西 哲也

  • 太宰治

    福田恆存『芥川龍之介と太宰治』

     今回は、福田恆存『芥川龍之介と太宰治』(講談社、2018年)を取り上げます。検討対象である福田の論考は、太宰治論なのですが、それは太宰本人と同時代に書かれたものです。それでは、福田はどのように太宰をみていたのでしょうか。 まず、以下の事実について確認しておきましょう。福田の最初の論考が発表されたのは、太宰が入水自殺をした1948年6月で、彼の死後に2本目が発表されました。当然ながら、福田の2つの...

    2022年5月15日

    中西 哲也

  • 人生

    五木寛之『無意味な人生など、ひとつもない』

     今回は、五木寛之『無意味な人生など、ひとつもない』(PHP研究所、2017年)を取り上げます。私の問題関心に沿って、「生と死」に関する論点を整理していきます。すでに考察した通り、朝鮮半島からの引き揚げ経験を有する五木は、今日の自殺者の増加に警鐘を鳴らして、この問題に対してどのように取り組むべきかについて考えています。 五木によれば、自殺者の増加を抑えるためには、「死」に直面する経験をして、各自が...

    2022年5月11日

    中西 哲也

  • 絶望

    頭木弘樹『絶望名言 2』

     今回は、頭木弘樹・NHK〈ラジオ深夜便〉制作班『NHKラジオ深夜便 絶望名言 2』(飛鳥新社、2019年)を取り上げます。先日、「中西哲也の書評」で、『絶望名言』を取り上げたのですが、絶望を表現にまで高めるには、おのれの「弱さ」や「悪」を自覚する必要があるという結論に至りました。今回は、この結論を踏まえて、「創造性」に関する論点を整理したいと思います。 まず、同書の中で、ディレクターが、次のよう...

    2022年5月5日

    中西 哲也

  • 太宰治

    細谷博『太宰治』

     今回は、細谷博『太宰治』(岩波書店、1998年)を取り上げます。太宰治に関しては、このブログですでに考察してきましたが、彼の作品をどのように読むかについて、同書は興味深い視点を提供してくれています。それは、「大人の読み」です。私なりに説明すると、読者が自分の経験に照らして、太宰の作品を読むとき、自己をどのように意識するかということです。 細谷が指摘するように、太宰は、自分の経験を基にして作品を書...

    2022年5月3日

    中西 哲也

  • 太宰治

    加藤典洋『敗戦後論』

     今回は、加藤典洋『敗戦後論』(筑摩書房、2015年)を取り上げます。加藤は、2019年に『太宰と井伏』を刊行していますが、1995年の「敗戦後論」の中で、すでに太宰治について言及していました。それでは、加藤は『太宰と井伏』で、本格的な太宰治論を展開して、太宰が自殺した原因について考える前に、この「敗戦後論」において、どのように太宰を位置づけていたのでしょうか。 簡潔に言えば、『敗戦後論』では、「...

    2022年5月1日

    中西 哲也

  • 太宰治

    坂口安吾『不良少年とキリスト』

     今回は、坂口安吾『不良少年とキリスト』(新潮社、2019年)を取り上げます。太宰治と同じ「無頼派」として知られている作家の坂口は、1948年の時点で、どのように太宰の死を捉えていたのでしょうか。 結論から言えば、坂口は、太宰の死は彼の「虚弱」によるものだと考えています。坂口によれば、その特質は、「フツカヨイ」であって、太宰は「M・C」(マイ・コメディアン)になりきることができないという点にありま...

    2022年4月25日

    中西 哲也

  • 太宰治

    加藤典洋『完本 太宰と井伏』

     今回は、加藤典洋『完本 太宰と井伏―ふたつの戦後』(講談社、2019年)を取り上げます。加藤は、前回取り上げた猪瀬直樹『ピカレスク』に刺激を受けて、同書を書いたそうです。それでは、太宰治の死に関する猪瀬の仮説について、加藤はどのように考えているのでしょうか。 まず、加藤は、『人間失格』について、「ギリギリのところで、正直に語られているようだ」という印象を持っています。この小説では、「はしがき」や...

    2022年4月21日

    中西 哲也

  • 「無」

    鈴木祐『無(最高の状態)』

     今回は、鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング、2021年)を取り上げます。鈴木は、苦しみのメカニズムを理解した上で、エビデンスに基づいた対策を取るように提唱しています。鈴木は、脳科学や神経科学の最新の成果を紹介しながら、柔軟な思考で変化に対応するには、「観察」の意義を知るべきだと論じています。 まず、鈴木によれば、私たちがなぜ苦しむのかと言えば、「自分が悪かったのではないか...

    2022年4月17日

    中西 哲也

  • 親鸞

    五木寛之『私の親鸞―孤独に寄りそうひと』

    親鸞との出会い 今回は、五木寛之『私の親鸞―孤独に寄りそうひと』(新潮社、2021年)を取り上げます。なぜ五木は親鸞の教えに心惹かれたのでしょうか。もしかすると、戦争体験がなければ、五木の親鸞との出会いは、それほど私たちに感銘を与えるものではなかったかもしれません。 五木は、大日本帝国が敗北して平壌から日本へ引き揚げようとしましたが、その過程で母を亡くしています。もちろん、平壌になだれ込んできたソ...

    2022年4月10日

    中西 哲也

  • 親鸞

    五木寛之『はじめての親鸞』

    五木寛之の親鸞像 今回からは、親鸞について考えていきます。以前に五木寛之の考えを考察しましたが、その中核にある親鸞の思想を取り上げます。初回は、五木寛之『はじめての親鸞』(新潮社、2016年)です。 五木は、次のような親鸞像を紹介しています。「親鸞は人間が好きだった。人に対して深い愛情を抱いていた。にもかかわらず、人になじむことができない」(151頁)。より具体的に言えば、「論理的に詰めていく冷徹...

    2022年3月27日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(14)

    「政治学」との出会いと別れ 今回は、小林秀雄シリーズの最終回です。私個人の経験から論点を整理して、小林の議論の意義をまとめます。 私は、国際政治学で軍事力の問題について研究していたのですが、「統合失調症」を罹患してしまいました。その後、己の狂気を見つめたという経験に基づいて、自力で「宗教的体験」をなすためにはどうするべきかということについて考え始めました。そこで出会ったのが、小林秀雄の議論だったの...

    2022年2月24日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(13)

    歴史のなかで直接経験する これまで述べてきたように、「創造」を生み出すという自覚を生むためには、自然と出会う必要があります。なぜかと言えば、「直接経験」を積み、「過去が現在に生きている」という状態になることができるからです。今回は、この点について具体的に説明します。 小林秀雄は言います。「文学者の覚悟とは、自分を支えているものは、まさしく自然であり、或いは歴史とか伝統とか呼ぶ第二の自然であって、自...

    2022年1月21日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(12)

    描写と観察力の時代 前回説明したように、小林秀雄によれば、表現には自覚が必要です。具体的に言えば、詩が音楽家の創作方法に倣ってつくられるとき、言葉は「感覚的実体」となるのです。なぜ小林がこの点について強調したのかと言えば、以下で説明するように、観察力に基づいて描写が重視されるに伴って、言葉が実体を持たない「記号」となってしまったからです。 小林によれば、「現代は散文の時代である」。散文では、前回説...

    2021年12月27日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(11)

    どう生きるべきか 前回は、「実在」と出会って運命感を得ることによって、生きてゆく自覚が生まれることを確認しました。今回は、この自覚が生まれてはじめて、表現することが可能になるということを指摘します。 まず、小林秀雄は、次のように述べています。「例えば文学上の自然主義とか絵画上の印象主義とかが輸入されるに際し、〔中略〕この芸術家の根本の態度、文学者も画家も、各自の仕事の裡に、人生とは何かという問題を...

    2021年11月21日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(10)

    「悲劇について」 それでは、「実在」とは何で、どうすれば生きる覚悟を持つことができるのでしょうか。引用が長くなりますが、小林秀雄の論理を追ってゆきましょう。 まず、小林は「悲劇について」において、ドイツの哲学者・ニーチェの議論を踏まえて、「嫌悪すべきものを悉く無条件で肯定する」という「悲劇精神」を摑むには、「勇気を要する」と強調しています。「必然的なもの」を進んで愛するという「思想には、合理的な説...

    2021年11月8日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(9)

    「中原中也の思い出」 今回は、小林秀雄の「無私の精神」の論理を確認した後で、その論理に沿って、詩人の中原中也について書きます。これまで説明してきたように、小林によれば「無私」とは、「内的経験」をして“主客未分化”の状態になることです。 「無私」の状態とは、おのれの悲しみを見つめて、自然や歴史(時)、そして神という「実在」に出会うことです。言い換えると、「実在」と出会うことが...

    2021年10月31日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(8)

    何のために学ぶのか 今回からは、“生きるために過去を直視する”にはどうすべきなのかについて、小林秀雄の論理を検討していきます。まず、この〈小林秀雄〉編の初回記事で書いたように、私の問いは、学術研究をしていた私が、精神病院に入れられて「狂人」になったのはなぜかということです。 私は、学術研究をしていた時に、次のようなことに関心を有していました。それは、「軍事力」の意義とは何か...

    2021年9月18日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(7)

    知覚を拡大するとき、人は沈黙する 前回指摘したように、小林秀雄が支持するのは、日常生活から出発して思想にまで高めるという論理です。ただ注意すべきは、この論理が、「社会生活の実践的有用性の制限から解放される事」によって確実になるということです。今回は、この“逆説”について詳しく検討していきます。 まず、小林は、「リルケにロダンを語った美しい文章があります」と述べて、以下のよう...

    2021年8月5日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(6)

    「生活」と「思想」 前回は、宮本武蔵の「心眼」について説明しました。その内容を踏まえて、今回は、小林秀雄「私の人生観」における、生活と思想・芸術の関係について考えます(小林秀雄『人生について』中公文庫、2019年)。 小林によれば、武蔵は「経験尊重の生活から、一つの全く新しい思想を創り出す事に着目した人」でした。まず、武蔵の「思想」とは、勝つという行為です。そして、自分を勝たせたのは、「自分の腕の...

    2021年7月30日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(5)

    宮本武蔵の観法 今回は、引き続き小林秀雄の「私の人生観」(小林秀雄『人生について』中公文庫、2019年)より、宮本武蔵の思想を取り上げます。小林は、これまで検討してきた「観法」の論理に基づいて、武蔵の「心眼」について論じています。 今回は、引用が多くなりますが、小林の指摘から重要な論点を引き出しましょう。 「宮本武蔵の独行道のなかの一条に『我事に於て後悔せず』という言葉がある」(小林、前掲書、39...

    2021年6月3日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(4)

    空観 前回は、小林秀雄の議論に基づいて、仏教が審美性を持ち得た要因が「観法」にあることを説明しました。今回は、仏教の「空観」とその意義について説明した後で、「空観」と「科学」の違いと、その背景にある釈迦とキリストの違いについて説明します。 「仏教の思想を言うものは、誰でも一切は空であるという、空の思想を言います」。「空の問題にどれほど深入りしているかを自他に証する為には、自分の空を創り出してみなけ...

    2021年5月21日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(3)

    「観法」 今回は、自力で「宗教的体験」をするということについて、さらに具体的に考えていきます。取り上げるのは、小林秀雄「私の人生観」(『人生について』中央公論新社、2019年)です。仏教の「観法」が創造性の源泉だというのが、小林の議論の核心です。 仏教の思想は、「観」という言葉(見るという意味)に価値をおきました。「禅というのは考える、思惟する、という意味だ、禅観というのは思惟するところを眼で観る...

    2021年5月10日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(2)

    『遠野物語』と白鹿の話 今回は、「信ずることと知ること」を取り上げます。この論考にて小林秀雄は、「宗教的体験」とその意義について、具体的に論じています。筆者なりにまとめると、なぜ柳田国男は『遠野物語』という優れた作品を生み出すことができたのかということが、小林の問題意識なのです。今回は、小林の議論を組み立て直して、彼の考えを明確にします。 さて、小林は、柳田国男の『遠野物語』に出てくる白鹿の話を紹...

    2021年4月12日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(1)

    小林秀雄の「宗教的体験」 今回からは、「宗教」に関する新たなシリーズに入ります。五木寛之の議論を検討した結果、「宗教的体験」をする重要性を学びましたが、課題は、それを「他力」ではなく「自力」で為すということにありました。このシリーズでは、この点について深く考察していきます。 この課題探究にあたって、小林秀雄の書籍を題材とします。具体的に言えば、『人生について』と『考えるヒント2・3』です。小林の議...

    2021年3月26日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(9)

    「信ずる」ということ 今回は、本シリーズの最終回です。五木寛之の人生論について、その意義と問題点をまとめます。これまで筆者(中西)は、五木の議論の意義を確認した上で、「創造性」の論理との比較を試みてきました。 筆者の問題意識は、「統合失調症」を罹患した後、どうすれば「狂気」を「創造性」にまで高めることができるかということでした。ただ、別の生き方を問うなかで、沖縄戦にくわわった祖父の記録と出会うこと...

    2021年3月9日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(8)

    自分を慰める 前回は、「慰める」ことで「自力」につなぐというのが、宗教の役割であることを説明しました。ただ、筆者(中西)の経験上、「慰める」前提には「悲しみ」があって、その「悲しみ」の根底には「罪の自覚」があります。今回は、これまでの批判的検討を踏まえて、宗教と創造性の論理の違いについて考えたいと思います。 さて、宗教の役割に関して問題となるのは、“自らを”慰めるという場合...

    2021年2月22日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(7)

    〈生きがい〉 前回は、〈悲〉の情感から出発して自然(神仏)とつながるという、五木寛之の論理を確認しました。また、『大河の一滴』の論理は、『他力』と同じく、〈他力は自力の母である〉というものです。そこで今回は、神仏とつながった(他力)後に「自分の内」を省みる(自力)という論理について、批判的に検討します。 さて、『大河の一滴』では、どうすれば自殺を思いとどまることができるかという問題意識に基づいて、...

    2021年2月11日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(6)

    〈悲〉の情感から出発する 前回は、〈いまここに居る〉という現実を見つめるためには、自然と一体になる必要があるという五木寛之の議論を検討しました。それでは、自然と一体になるには、どうすればよいのでしょうか。今回は、その答えとして五木が、〈悲〉の情感から出発するべきだと主張していることを確認します。 まず、五木によれば、コンピューターの世界に象徴されるように、「戦後五十年、私たちが追求してきた世界とい...

    2021年1月25日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(5)

    新型コロナについて 前回検討したように、五木寛之によれば、生命の流れや自然、そして宗教とつながることでこそ、「悪を自覚する」という「意識」が生じます。また、五木によれば、自然と一体になることができれば、おのれに問い、〈いまここに居る〉という現実を見つめることができます。今回は、この『大河の一滴』の論理を批判的に検討します。 ところで、興味深いことに、すでに『大河の一滴』で五木は、現在問題となってい...

    2021年1月17日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(4)

    宗教の論理 今回も、五木寛之『大河の一滴』の論理を批判的に検討します。この目的を達成するべく、改めて、筆者(中西)の祖父の話をしておきます。 すでに説明しましたが、筆者の祖父は、太平洋戦争の沖縄戦を生き抜きました。そして、戦後祖父は、“気が狂い、自殺する”ことなく、仕事・結婚・子育てをこなしましたが、残念ながら、癌を患ってこの世を去りました(拙稿「信ずることと戦うこと」を参...

    2021年1月8日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(3)

    悪を自覚する 今回は、筆者(中西)の視角に基づいて、五木寛之『大河の一滴』を批判的に検討します。具体的に言えば、他力は自力の母である(先に神仏とつながる)という考えに対して、先に悪を自覚するからこそ神仏を感じられるという考えを提起します。 まず、五木は、次のように述べます。「私の心のなかには、理屈にならない太い棒のような感覚があって、それが私に自分を、どうしようもない救いようのない人間、と感じさせ...

    2020年12月30日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(2)

    自殺を思いとどまった理由 今回からは、前回明らかにした視角に従って、五木寛之の『大河の一滴』を読み解いていきます。 さて、本の冒頭で、五木は、次のように告白しています。「私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある」(五木寛之『大河の一滴』幻冬舎文庫、1999年、13頁)。誰にでも、こころが「萎える」ときがあります(同上、15頁)。「無気力になり、なにもかも、どうでもいいような、投げやりな心境になっ...

    2020年12月25日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    大河の一滴(1)

    『他力』の論点 これまで『人生の目的』と『他力』を検討してきましたが、今回からは『大河の一滴』を検討していきます。今回は、前シリーズの『他力』の論点を再度整理した上で、『大河の一滴』を読み解く視角を明らかにします。 五木寛之の問題意識は、「アイデンティティ」にありました。自己と日本人の「存在理由」はどこにあるのかということが、『他力』を貫く問題意識なのです。 この点に関して言えば、「世界中にただひ...

    2020年12月14日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(10)

    〈生老病死〉 前回は、〈悲〉の情感から出発する“前提”として、その情感をどのように見つめるのかという点が核心的であることを指摘しました。「他力」思想では、自己と神仏が一体化するため、ヨーロッパ文明とは異なって、「自分の内」で神仏と出会います。シリーズ最終回の今回は、〈生老病死〉の問題を取り上げて、「自分の内」を省みる際に宗教が入るという問題点について、五木の議論を批判的に検...

    2020年11月30日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(9)

    「戦争責任」について 五木寛之は、欧米と日本の宗教観の違いを踏まえて、「戦争責任」について総括を行っています。今回は、彼の総括を検討することによって、「他力」思想の論理の“前提”を抽出します。 さて、五木の考察を参考にすると、西洋文明の根底には、その宗教観や世界観を背景として、「外」から「内」へ向かうという客観性の論理が中核にあります。また、個人が神と向き合って契約を結ぶと...

    2020年11月23日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(8)

    日本人の精神とは何か 今回は、欧米の宗教・世界観に関する前回の検討を踏まえて、五木寛之の「他力」思想の核心的論理を抽出します。近代日本が「アイデンティティの崩壊」に直面している中で、現在求められている「宗教的な感覚」とは、一体何なのでしょうか。 五木によれば、その「宗教的な感覚」とは、次のようなものです。「アジア全体がそうですが、日本人は縄文以来、森や山に生命を感じる、大きな木にしめ縄を張る。すべ...

    2020年11月9日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(7)

    資本主義の精神 次回に、五木寛之の「他力」思想の論理を抽出するべく、今回は、欧米の宗教との比較を行います。五木によれば、近代社会の発祥地である欧米諸国よりも、むしろ日本の方が、「アイデンティティの崩壊」という近代の問題は深刻です。 まず、五木によれば、近代の知性は、ルサンチマンや情感を切り捨てました。実際、西洋近代は、神から授けられた人間の「理性」を前提としています。西洋文明の根底には、「客観性」...

    2020年10月31日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(6)

    なぜ「絶望」すべきなのか 前回は、近代日本が「アイデンティティ」の問題を抱えている点を、五木寛之が深刻に捉えていることを確認しました。その問題点とは、日本人が「絶望する」ことが苦手だということです。より具体的に言えば、自己と日本人の存在理由を根源的に問うことができないということです。 今回は、この五木の指摘を踏まえて、「絶望」すべき理由とその意味について、より詳しく検討します。 さて、改めて確認し...

    2020年10月12日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(5)

    近代の問題 今回は、再度筆者の仮説を説明して、五木寛之の議論を批判的に検討する視角を確認します。筆者の仮説とは、五木の論理に従えば、悪を自覚することまで「他力」にゆだねてしまうことになりかねないというものでした。要するに、「他力」思想には、罪の意識の弱さという問題があるということです。 この仮説を証明するべく、筆者は、五木の“論理的矛盾”を抽出してきました。その矛盾とは、〈...

    2020年10月4日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(4)

    〈諦める〉 前回は、五木寛之の「他力」思想の核心に切り込むべく、「オウム真理教」に関する五木の見解を考察して、悪を自覚することと、仏を信ずることとの関係を問いただしました。要するに、悪を自覚してはじめて仏の側から呼びかけてくれると言う一方で、ひと筋に仏に帰命するべきだと言うことは、矛盾していないのかというのが、筆者の問題提起なのです。 今回は、以上の“論理的矛盾”の問題を明...

    2020年9月27日

    中西 哲也

  • 五木寛之

    「他力」(3)

    親鸞の「無差別救済」 前回は、五木寛之の見解を批判的に検討して、次のように問いかけました。それは、人事を尽くすことを「天命」にゆだねるのであれば、悪を自覚することもまた「他力」にゆだねてしまうのかという問いかけです。 今回は、この問いかけの意味を説明するべく、オウム真理教に関する五木の見解を検証します。結論から言えば、麻原彰晃には、悪の自覚があるとは必ずしも言えないにもかかわらず、「他力」思想に従...

    2020年9月20日

    中西 哲也

  • 百珍集Part2

    第476回:豚百珍(100)

    第476回:豚百珍(100)きゃ~~~~~ついに、豚百珍が、100レシピ達成いたしました~~~~おめでと~~~~~…って、何がおめでたいんだか、よくわかりませんけれども。本日の豚百珍は………これもねぇ、何品相当なんでしょうかねぇ。多分、「紫蘇」か「味噌」の違いじゃないかと思うのですけれども(ん?…オヤジギャグじゃない&helli...

    2020年9月18日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第475回:豚百珍(99)

    第475回:豚百珍(99)さ~、とうとう、豚百珍も99回目を迎えておりますが。…本日の豚百珍は何かと申しますと。………例によって、何品相当なのだかは不明です。も~わかりませんっ。豚肉は今回、ちゃんと使いましたので、普通に…豚料理と呼んでも差しさわりはないはず………と思いたい。しかし、なぜ...

    2020年9月15日

    竹内 一乃

  • 五木寛之

    「他力」(2)

    法然の教え 前回は、『人生の目的』の批判的検討に基づいて、五木寛之の思想の根幹に位置する「他力」について検討しました。簡潔に言えば、筆者(中西)の問題意識は、悪を自覚して神仏と向き合うことにも、「意志」(自力)が必要なのではないかということでした。 仏と向き合って悪を自覚する人が救われるのに対して、そうした「意志」を持たない人は救われることがない。だからこそ蓮如は、前回指摘したように、這い上がろう...

    2020年9月14日

    中西 哲也

  • 百珍集Part2

    第474回:豚百珍(98)

    第474回:豚百珍(98)ここをお訪ねくださる皆様、いつも、お読み下さって、ありがとうございます。このブログは、私自身のメタボ脱出の経緯であると同時に、私と同じように、メタボリックを脱出したい方々が、メタボリック症候群を脱出する為に、どうやってきたのかが、トータルでご覧いただけるようなものを目指して、続けさせていただいております。微力ではありますが、今後も力の続く限り、続けさせていただきたいと考え...

    2020年9月14日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第473回:豚百珍(97)

    第473回:豚百珍(97)さてさて。本日の豚百珍は…これも、一体何品相当なんだかなぁ。…あんまりやらない作り方かもしれないけど、別に、珍しくもなさそうなんですよね。…奇品とは言わないだろうと思います。となると、尋常品なのかなって気もするんですが。…ん~…どうなんだろうなぁ。正直、ホントによくわかりません。とりあえず、一応ちゃんと...

    2020年9月13日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第472回:豚百珍(96)

    第472回:豚百珍(96)う~む。…本日の豚百珍は…これを豚料理と呼んでもいいものかどうか…や、一応ちゃんと作ったはずなのですが…やっぱり、「何でだよ。…」になるレシピでしょうねぇ。…豚肉が使われていたら、豚加工品でもOKにしちゃってて、それが使われていたら、たとえ爆盛りビーフンだろうと、ポテトグラタンと呼ばれるも...

    2020年9月12日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第471回:豚百珍(95)

    第471回:豚百珍(95)さて。…本日の豚百珍は…何品そうとなんでしょうかねぇ。…これは正直、まったくわかりません。多分、あんまりやらない1品だと思いますし、おそらく、やるとしても、豚肉じゃなくて、牛肉で作ることが多いんじゃないかなという気もします。…あんまりやらない、ということで、奇品扱いは出来るかもしれませんが、珍しいわけでもない気がする...

    2020年9月11日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第470回:豚百珍(94)

    第470回:豚百珍(94)さて。…本日の豚百珍は、何品相当なんでしょうかねぇ。…尋常品か、通品あたりで良さそうな感じはしておりますが…多分、珍しいシロモノではない気がします。結構、給料前のお助けレシピっぽい感じのする1品だし…本日の豚百珍は、「チョリソーとキャベツの炒め物」でございます。まあ、早い話が、ウィンナーの炒め物ってことなのですけれど...

    2020年9月10日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第469回:豚百珍(93)

    第469回:豚百珍(93)さて。本日の豚百珍は。…う~ん…何品相当なんでしょうかねぇ。江戸時代の区分的に言って。おそらく、好きな人は、かなりご自宅でも作ってお召し上がりになっていらっしゃるのではないかと思いますし、オーブントースターがあれば、普通に、お好きな時に作ってしまえる1品ですから…高頻度でお召し上がりになるかどうかはともかく、わりと、ありきたり&h...

    2020年9月9日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第468回:豚百珍(92)

    第468回:豚百珍(92)ええと。本日の豚百珍は…多分、江戸時代の区分的には、尋常品でよさそうかなぁ…と思います。わりと、普通に食べてる1品じゃないかと思いますし、スーパーでも半加工品として、買って帰って、焼くだけになった物が売られていたりしますし。ただ、これのピーマンバージョンよりは、知名度落ちますので…どうかなぁ。…奇品扱いは、しなくてい...

    2020年9月8日

    竹内 一乃

  • 五木寛之

    「他力」(1)

    『人生の目的』の論理 今回から、五木寛之『他力』の検討に入ります。初回は、『人生の目的』の批判的検討を行って、筆者の問題関心を明確にしてから、「他力」とは何かについての説明を行います。 前回明らかにしたように、五木は『人生の目的』において、「他力」の核心を説明していました。簡潔に言えば、その核心とは、仏の側から呼びかけてくれる、というものです。そのためには、おのれの悪を自覚しなければなりません。結...

    2020年9月7日

    中西 哲也

  • 百珍集Part2

    第467回:豚百珍(91)

    第467回:豚百珍(91)さて。本日の豚百珍はですね……これは、江戸時代の区分的に、分類するのは、なんか、難しいかなぁ、と思ったりもしておりますが…プロの方が作られた場合は、絶品とか、妙品とか、そんな区分になるのじゃないかとも思います。おもてなし用や、お酒のお伴に使うものじゃないかと思いますので…本日の豚百珍は、「サラミのオードブル」でござい...

    2020年9月7日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第466回:豚百珍(90)

    第466回:豚百珍(90)は~…豚百珍も、ついに90回目を迎えました。………が。………今日はもう、最初からいきなり、ごめんなさい、しときます。いやもう、何と言うか。………「これを豚扱いするのか、オマエは。」なシロモノなんです。メチャメチャありきたりな1品なので...

    2020年9月6日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第465回:豚百珍(89)

    第465回:豚百珍(89)さて。本日の豚百珍でございますが。本日のこれは、江戸時代の区分的には…尋常品で良さげな気がします。普通に食べるよな~って感じの物ですし。ヘルシーはヘルシーだと思いますが。珍しくはないと思います。本日のこれは、イングリッシュマフィンを使った、「パストラミハムチーズバーガとBLEバーガー」なわけでございまして。や、早い話が、ハムチーズサンドと、BLT(ベーコン・...

    2020年9月5日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第464回:豚百珍(88)

    第464回:豚百珍(88)88回と聞くと、「夏も近づく88夜~♪」なんて歌がありますけれども。秋分はまだとはいえ、9月になりますと、残暑がまだある中でも少し涼しくなるためか、紅茶がおいしくなるんですよねぇ。そろそろ温かいお茶を楽しみ始めてもいいかもしれません。気候が涼しくなるにともなって、食事がおいしくなり始めるので、暴飲暴食には注意ですね。さて。本日の豚百珍ですが。…多分、これは江...

    2020年9月4日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第463回:豚百珍(87)

    第463回:豚百珍(87)本日の豚百珍は………う~ん。江戸時代の区分的に、何品相当なのかなぁ。…多分、これは、この料理が地元の方にとっては、わりと普通になさっていることじゃないかと思うのですけれども。全国的には、珍しい郷土料理の1つということで…奇品扱いしてもいいのじゃないかと思ったり。多分、この調理法で、プロの料理人の方が手掛...

    2020年9月3日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第462回:豚百珍(86)

    第462回:豚百珍(86)さて。本日の豚百珍でございますが。…う~ん…江戸時代の区分的に見て、何品相当でしょうかねぇ、これは?…わりと、おつまみ系で食べられているレシピじゃないかと思うんですけれども。好きな人は好きだろうと思います。でも、これを豚料理と言っていいのかどうなのか…いや、その、ぶっちゃけ、イモ料理と言った方が、断然正解っぽい気はす...

    2020年9月2日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第461回:豚百珍(85)

    第461回:豚百珍(85)ええと。8月も終わり、9月突入で台風が近いからか、若干涼しいので梅が続くわけではないのですけれども。(笑)本日の豚百珍も、梅を使っております。梅と豚肉は、やっぱりあまりやらない取り合わせだろうと思いますので、今日もこれは、江戸時代の区分的には、奇品相当になるのかなぁ…などと思ってみたりしております。本日の豚百珍は、「豚といんげんの梅和え」でございまして。豚肉...

    2020年9月1日

    竹内 一乃

  • 五木寛之

    人生の目的(5)

    「他力」思想 今回は、〈人生の目的〉シリーズの最終回です。最後に、「信仰」について考えてみましょう。五木寛之の考えの根幹には、「他力」思想があります。結論から言えば、おのれの悪と向き合い、神仏を信ずることが重要だということになります。 まず、五木は、次の点を強調します。「悪は私たちすべての人間のひとりひとりに宿っているはずだ。善人と悪人、天使と悪魔、というように、はっきりと二つに分けないのが他力思...

    2020年8月31日

    中西 哲也

  • 百珍集Part2

    第460回:豚百珍(84)

    第460回:豚百珍(84)8月も今日で終わりになるからか、最近は朝が少し涼しくなり始めたようです。だから…というわけではないのですが、少し温かい食べ物を作っても支障はないかな、と思いまして。本日の豚百珍の方はですね…梅を使っているのですね。…あまりやらない取り合わせかもしれませんが、食べたら結構おいしかったです。江戸時代の区分的に何品相当か、って話だと、こ...

    2020年8月31日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第459回:豚百珍(83)

    第459回:豚百珍(83)今日の豚百珍はですね…ある意味、豚肉料理の王道じゃないかと思います。…定番中の定番だし、多分、日本の代表的な具だくさんスープの1つと言っても、過言ではないと思います。これを豚肉料理の中に入れないなんて、考えられないでしょう。(笑)江戸時代の区分的には、この、大衆料理の定番中の定番という普遍の人気メニューとしての顔、インスタントの味噌汁としてもど...

    2020年8月30日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第458回:豚百珍(82)

    第458回:豚百珍(82)はてさて。…今日の豚百珍は、何品相当なんでしょうかねぇ。…珍しく…はないはずなのですよね。…使う食材はありきたりですから。かといって、尋常品かと言うと…人によるかもしれないし…でも、好きな人は普通に作って食べる品でしょうしねぇ。…本日の豚百珍は、「ベーコンとポテトの豆乳グラタ...

    2020年8月29日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第457回:豚百珍(81)

    第457回:豚百珍(81)ええっと。…本日の豚百珍は、江戸時代の区分的に言うと…多分、奇品相当かなぁ…多分、そんなにやらない組み合わせ…ではないかと思うのですが。…尋常品と呼ばれるほど、メジャーな一品ではないとは思うものの、お酒のおつまみ、くらいにはなりそうな一品かな、という気もします。本日の豚百珍は、「牡蠣のベーコン巻き、ワイ...

    2020年8月28日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第456回:豚百珍(80)

    第456回:豚百珍(80)いや、その………何というかもう………ほ、本日の豚百珍は………うん、ハッキリ、キッパリ、バカ野郎系でございます。こんなのを豚百珍入りさせてい~のか、豚の料理と呼んでもい~のか…って話もあるかもしれないのですが…&helli...

    2020年8月27日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第455回:豚百珍(79)

    第455回:豚百珍(79)さて。本日の豚百珍でございますが。…何品相当かなぁ。…や、多分レシピ的には、そんなに珍しくはない…はずなのですが。…どうだろうなぁ。…サンドイッチには違いないのですが。パンがあまり使わないタイプの物かもしれません。本日のレシピは、「生ハムサンド」でございます。でもね、パンのレシピではあるんですが。ピタパ...

    2020年8月26日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第454回:豚百珍(78)

    第454回:豚百珍(78)ん~と。…本日の豚百珍は…いきなりもう、ごめんなさい、しておきます。え、や、これ、あまりにも定番というか。スーパーに当たり前にそのまんまの形で販売されてる1品ですし。自分で作ることも、中の具を変えることも出来ますから…限りなく、尋常品もしくは、通品相当ではないかと…思われます。でもって、またもや、食材を変えて巻いただ...

    2020年8月25日

    竹内 一乃

  • 五木寛之

    人生の目的(4)

    格差社会とその原因 前回の「肉親」に引き続いて、今回は、「金銭」に関する五木の考えを検討します。結論から言えば、お金は目的ではなく目標にすぎないが、それを軽く見ることはできない、ということです。重要な点は、五木が、「今の自分」と「昔の自分」という2つの立場を踏まえて、この結論を導いていることです。 さて、五木は、格差社会が再びやってくると述べています。「一部の富めるグループはますます富み、大多数は...

    2020年8月24日

    中西 哲也

  • 百珍集Part2

    第453回:豚百珍(77)

    第453回:豚百珍(77)やれやれ。8月も下旬になると、暦的には残暑と言ってもいい時期のはずですが、相変わらず暑さは厳しいようで、なかなか1日を過ごすのも大変ですね。さて。本日の豚百珍ですが…う~ん…これは何品相当なんでしょうねぇ。…わからん。う~ん…尋常品でいいような気もしているんですが。…通品扱いは、ちと、可哀想かなあ。作っ...

    2020年8月24日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第452回:豚百珍(76)

    第452回:豚百珍(76)さてさて。本日の豚百珍は…多分、夏向けレシピですね。…今、8月なので、ちょうどいい感じかなと思いまして。(笑)あ、もちろん、冬でも食べられる一品なのですけどね。江戸時代の区分的にはこれはねぇ…やっぱり、これも尋常品相当かなぁ。…通品でもいいかもしれないです。…豚肉の脂肪をカットした後、ゆでる以外、ほとん...

    2020年8月23日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第451回:豚百珍(75)

    第451回:豚百珍(75)え~と…本日の豚百珍は…やっぱり、今日のも、尋常品相当じゃないかなぁ、と考えております。見た目はわりと、色鮮やかなのですが、要は炒め物なので…でもって、多分、調理方法がバカ野郎系ですしね。…ひょっとすると、この作り方だと、通品扱いしちゃっても、いいかもしれません。…作ったのは、作ったんですが。&hell...

    2020年8月22日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第450回:豚百珍(74)

    第450回:豚百珍(74)さて。…本日の豚百珍は何品相当かと言えば…尋常品相当、でしょうか。…江戸時代の区分的に考えた場合。…どこからどう見てもありふれた1品だし。多分、小さなおかず系の1品ではないかと思われます。本日のレシピは、「ニラ焼き豚」でございまして。本当に、なんてことない1品でございます。もちろん、ちゃんと作りましたけど。それでも、...

    2020年8月21日

    竹内 一乃

  • 百珍集Part2

    第449回:豚百珍(73)

    第449回:豚百珍(73)さてと。本日も豚百珍を進めてまいりたいと思います。しっかし…今日のレシピは、何品相当なんですかねぇ?…スーパーのお肉の惣菜コーナーなどに販売されてることもあるような品ですから、尋常品あたりかしら、と思ってはいるのですが。多分、これは普通、鶏で作るものだとは思います。本日のレシピは、「豚つくねのネギ焼き」でございまして。これ、つくねと呼ぶべきか、...

    2020年8月20日

    竹内 一乃