加藤典洋『完本 太宰と井伏』

2022年4月21日

 今回は、加藤典洋『完本 太宰と井伏―ふたつの戦後』(講談社、2019年)を取り上げます。加藤は、前回取り上げた猪瀬直樹『ピカレスク』に刺激を受けて、同書を書いたそうです。それでは、太宰治の死に関する猪瀬の仮説について、加藤はどのように考えているのでしょうか。 まず、加藤は、『人間失格』について、「ギリギリのところで、正直に語られているようだ」という印象を持っています。この小説では、「はしがき」や...

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    2022年11月28日

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    中西 哲也

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    中西 哲也

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    今回は、前田英樹『批評の魂』(新潮社、2018年)を取り上げます。前田が取り上げている批評家は、主に小林秀雄ですが、河上徹太郎も出てきます。そして、同書の軸は、小林が、自然主義文学者の正宗白鳥との論争から、その白鳥の思想に理解を示すに至る過程です。前田は、丹念に小林の著作の核心を説明してくれているため、非常に読んでいて楽しかったです。以前に前田の本を取り上げたのですが、しっかりと小林の著作を読み込...

    2022年11月13日

    中西 哲也

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    今回は、浜崎洋介『反戦後論』(文藝春秋、2017年)を取り上げます。浜崎は、小林秀雄に関する書籍も出しており、「文芸批評家」として、参考にすべき点が多くありました。今回は、自分の頭を整理するという狙いにくわえて、彼の「評論」の方法についても学んでみたいと思います。今回取り上げる書籍は、彼が長年取り組んできた論考をまとめたものです。そのため、多様な論点が抽出され、考察されているので、正直、現在の私の...

    2022年10月30日

    中西 哲也

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    福田恆存や三島由紀夫に関する書籍などを読んでいて、「生活」と「芸術」が文学者に関する中心的テーマとして取り上げられていた。今回は、このテーマが、主観と客観(自分と他者)の問題とどのように関わっているのかについて考える。精神病院に入れられた経験から、太宰治に関心を持ったのだが、彼は率直に「生活がわからないのだ」と言っていた。ただ同時に、そのことが自分の文学の根幹になっているとも述べていたように記憶し...

    2022年10月23日

    中西 哲也

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    今回は、前田英樹『定本 小林秀雄』(河出書房新書、2015年)を取り上げます。近代批評の礎を築いた小林秀雄の思想について、前田は、小林の著作を丁寧に読み解きながら、解説しています。前田の視角を詳しく解説することはできませんが、私なりの視点から、前田の著作をまとめておきたいと思います。前田の著書の意義は、「何が創造を生むのか」という点について、小林の考えを整理したことにあります。芸術家の独自の「問い...

    2022年10月20日

    中西 哲也

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    2022年10月17日

    中西 哲也

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    2022年10月9日

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    2022年10月9日

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    2022年10月4日

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    2022年10月3日

    中西 哲也

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    2022年10月2日

    中西 哲也

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     今回は、齋藤孝『超訳 人間失格―人はどう生きればいいのか』(アスコム、2020年)を取り上げます。太宰治の名著『人間失格』が、齋藤孝によって丁寧に解説されています。この記事では、同書のあらすじを踏まえながら、重要な論点を整理してみたいと思います。 どの解説書でも指摘されているように、『人間失格』の主人公・大庭葉蔵は、人間の生活を理解できずに、おびえていました。葉蔵は、人間とのつながりを何とかつな...

    2022年9月18日

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     今回は、鈴木範久・田中良彦『対照・太宰治と聖書』(聖公会出版、2014年)を取り上げます。とくに「利用にあたって」と「解説」を読んで、太宰治と聖書に関する論点を、私なりに整理しておきます。 まず、太宰がもっとも重視した聖書の言葉は、「己を愛するのと同じように、隣人を愛せ」というものでした。つまり、自己と他者を対等に置くことができるかどうかが、太宰にとって大きな課題なのでした。太宰が自覚していたよ...

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     今回は、東郷克美『太宰治の手紙』(大修館書房、2009年)を取り上げます。東郷は、太宰の手紙を検討して、太宰が自殺した理由について述べています。私は、とくに太宰の戦後の手紙に着目して、東郷の考えを紹介したいと思います。 太宰は、戦後「パンドラの匣」という作品で出発しました。これとその後の作品で書かれていた点は、太宰の手紙の内容と一致しています。具体的に言えば、太宰の理想とは、罪を自覚した者たちが...

    2022年8月16日

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     今回は、斉藤利彦『作家太宰治の誕生―「天皇」「帝大」からの解放』(岩波書店、2014年)を取り上げます。斎藤は、日本が太平洋戦争に向かい、そして敗北したという時代背景を踏まえて、太宰治という作家個人の思想を考察しています。 まず、そのような時代背景における特徴は、「家族国家」体制でした。それは、私生活の「家父長制」を基盤として、国家権力の天皇を父として崇めるというものです。とくに太宰の生家は、浄...

    2022年7月4日

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     今回は、三谷憲正『太宰文学の研究』(東京堂出版、1998年)を取り上げます。太宰の『人間失格』が『如是我聞』と並行して書かれたことを踏まえて、志賀直哉批判との関連についても、三谷は説明しています。以下では、三谷の研究を参考にしながら、私なりに、戦後の太宰の動きを整理してみます。 一方で、三谷が経緯を詳細に検討しているように、当初太宰は志賀の文学を、幸せな生活に感謝することを書いた「不滅の文学」と...

    2022年6月16日

    中西 哲也

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    太宰治の「桃源郷」

     前回は、安藤宏の書籍を取り上げましたが、今回は、安藤の議論を基礎として、太宰治が理想とした「桃源郷」とは何かについて考えます。参考資料は、安藤宏「太宰治と現代―「自己の内なる天皇制」」(『文藝別冊 KAWADE ムック 永遠の太宰治』河出書房新社、2019年)です。 簡潔に言えば、それは、天皇を倫理の儀表に据えて、個人が罪を自覚して、己を愛するように他者を愛するようになることです。この構想の背景...

    2022年6月9日

    中西 哲也

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    安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』

     今回は、安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』(筑摩書房、2002年)を取り上げます。安藤は、奥野健男が指摘した「罪の意識」ではなく、「関係」によって太宰文学を捉えようと試みています。それは、簡潔に言えば、「悲劇の英雄」というよりも、むしろ「関係の悲劇」でした。以下では、この安藤の視角を確認しながら、太宰治の前期・中期・後期を整理していきます。 安藤によれば、太宰の最大の特徴は、他者との間に「...

    2022年6月3日

    中西 哲也

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    福田恆存『芥川龍之介と太宰治』

     今回は、福田恆存『芥川龍之介と太宰治』(講談社、2018年)を取り上げます。検討対象である福田の論考は、太宰治論なのですが、それは太宰本人と同時代に書かれたものです。それでは、福田はどのように太宰をみていたのでしょうか。 まず、以下の事実について確認しておきましょう。福田の最初の論考が発表されたのは、太宰が入水自殺をした1948年6月で、彼の死後に2本目が発表されました。当然ながら、福田の2つの...

    2022年5月15日

    中西 哲也

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    五木寛之『無意味な人生など、ひとつもない』

     今回は、五木寛之『無意味な人生など、ひとつもない』(PHP研究所、2017年)を取り上げます。私の問題関心に沿って、「生と死」に関する論点を整理していきます。すでに考察した通り、朝鮮半島からの引き揚げ経験を有する五木は、今日の自殺者の増加に警鐘を鳴らして、この問題に対してどのように取り組むべきかについて考えています。 五木によれば、自殺者の増加を抑えるためには、「死」に直面する経験をして、各自が...

    2022年5月11日

    中西 哲也

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    頭木弘樹『絶望名言 2』

     今回は、頭木弘樹・NHK〈ラジオ深夜便〉制作班『NHKラジオ深夜便 絶望名言 2』(飛鳥新社、2019年)を取り上げます。先日、「中西哲也の書評」で、『絶望名言』を取り上げたのですが、絶望を表現にまで高めるには、おのれの「弱さ」や「悪」を自覚する必要があるという結論に至りました。今回は、この結論を踏まえて、「創造性」に関する論点を整理したいと思います。 まず、同書の中で、ディレクターが、次のよう...

    2022年5月5日

    中西 哲也

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    細谷博『太宰治』

     今回は、細谷博『太宰治』(岩波書店、1998年)を取り上げます。太宰治に関しては、このブログですでに考察してきましたが、彼の作品をどのように読むかについて、同書は興味深い視点を提供してくれています。それは、「大人の読み」です。私なりに説明すると、読者が自分の経験に照らして、太宰の作品を読むとき、自己をどのように意識するかということです。 細谷が指摘するように、太宰は、自分の経験を基にして作品を書...

    2022年5月3日

    中西 哲也

  • 太宰治

    加藤典洋『敗戦後論』

     今回は、加藤典洋『敗戦後論』(筑摩書房、2015年)を取り上げます。加藤は、2019年に『太宰と井伏』を刊行していますが、1995年の「敗戦後論」の中で、すでに太宰治について言及していました。それでは、加藤は『太宰と井伏』で、本格的な太宰治論を展開して、太宰が自殺した原因について考える前に、この「敗戦後論」において、どのように太宰を位置づけていたのでしょうか。 簡潔に言えば、『敗戦後論』では、「...

    2022年5月1日

    中西 哲也

  • 太宰治

    坂口安吾『不良少年とキリスト』

     今回は、坂口安吾『不良少年とキリスト』(新潮社、2019年)を取り上げます。太宰治と同じ「無頼派」として知られている作家の坂口は、1948年の時点で、どのように太宰の死を捉えていたのでしょうか。 結論から言えば、坂口は、太宰の死は彼の「虚弱」によるものだと考えています。坂口によれば、その特質は、「フツカヨイ」であって、太宰は「M・C」(マイ・コメディアン)になりきることができないという点にありま...

    2022年4月25日

    中西 哲也

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    鈴木祐『無(最高の状態)』

     今回は、鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング、2021年)を取り上げます。鈴木は、苦しみのメカニズムを理解した上で、エビデンスに基づいた対策を取るように提唱しています。鈴木は、脳科学や神経科学の最新の成果を紹介しながら、柔軟な思考で変化に対応するには、「観察」の意義を知るべきだと論じています。 まず、鈴木によれば、私たちがなぜ苦しむのかと言えば、「自分が悪かったのではないか...

    2022年4月17日

    中西 哲也

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    五木寛之『私の親鸞―孤独に寄りそうひと』

    親鸞との出会い 今回は、五木寛之『私の親鸞―孤独に寄りそうひと』(新潮社、2021年)を取り上げます。なぜ五木は親鸞の教えに心惹かれたのでしょうか。もしかすると、戦争体験がなければ、五木の親鸞との出会いは、それほど私たちに感銘を与えるものではなかったかもしれません。 五木は、大日本帝国が敗北して平壌から日本へ引き揚げようとしましたが、その過程で母を亡くしています。もちろん、平壌になだれ込んできたソ...

    2022年4月10日

    中西 哲也

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    五木寛之の親鸞像 今回からは、親鸞について考えていきます。以前に五木寛之の考えを考察しましたが、その中核にある親鸞の思想を取り上げます。初回は、五木寛之『はじめての親鸞』(新潮社、2016年)です。 五木は、次のような親鸞像を紹介しています。「親鸞は人間が好きだった。人に対して深い愛情を抱いていた。にもかかわらず、人になじむことができない」(151頁)。より具体的に言えば、「論理的に詰めていく冷徹...

    2022年3月27日

    中西 哲也