安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』

2022年6月3日

 今回は、安藤宏『太宰治 弱さを演じるということ』(筑摩書房、2002年)を取り上げます。安藤は、奥野健男が指摘した「罪の意識」ではなく、「関係」によって太宰文学を捉えようと試みています。それは、簡潔に言えば、「悲劇の英雄」というよりも、むしろ「関係の悲劇」でした。以下では、この安藤の視角を確認しながら、太宰治の前期・中期・後期を整理していきます。 安藤によれば、太宰の最大の特徴は、他者との間に「...

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