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    2018年1月2日

    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    椎野 潤

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    2014年3月25日

    椎野 潤

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    椎野 潤

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    2012年4月17日

    椎野 潤

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    椎野 潤

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    2012年4月15日

    椎野 潤

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    2012年4月14日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(7)7.日蓮上人 仏僧(その1)日本の仏教 内村鑑三は、キリスト教徒を中心とする、世界の人々に、日本の宗教の中心をなす、仏教について、その伝来と発展の経過を、わかりやすく、説明しています。 「仏教の日本への伝来時期は、第29代欽明天皇治下の13年である西暦551年であるとされます。仏教年代学者たらは、それは『仏滅後1501年』と主張します。587年には、聖徳太子によ...

    2012年4月13日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(6)6.中江藤樹 村の先生昔の日本教育 「『私たち西洋人が諸君の救済に訪れるまでに、諸君は日本でどのような学校教育を授けられていたのであるか。日本人諸君は異教徒にしては、もっとも賢明な国民に見える。今日の諸君があるのには、さぞかし道徳的、知的な教育を受けてきたにちがいない。』 このような質問に、私ともが母国を離れ、はじめて西洋の文明人のなかに立ちまじったとき、たびた...

    2012年4月12日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(5)5.二宮尊徳 農民聖者今世紀初頭の日本農業 「日本の農業は、世界でもっとも注目すべき農業であると考えます。土の塊の一つ一つがていねいに扱われ、土から生ずる芽の一つ一つが、親の愛情に近い配慮と世話とを与えられます。私どもに欠けていた科学を、たゆまぬ勤勉でおぎない、こうして菜園ともいえるような、きめ細かく整然とした1300万エーカーの耕地を所有しているのです。」 「...

    2012年4月10日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(4)4.上杉鷹山 封建領主封建時代 人と事業 「鷹山(ようざん)が、今の羽前(うぜん)の国にある米沢藩の世継ぎになったとき、まだ17歳の少年でありました。九州の小大名である秋月家に生まれた鷹山は、自分の家よりも格が高く所領も大きな、上杉家の養子になったのでした。しかし、後述するように、そのことは、鷹山にとっては有難迷惑なことでした。鷹山は、全国にもまれなほど、重い責...

    2012年4月8日

    椎野 潤

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    2012年4月6日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(2)2.内村鑑三の思想の変化 私が、今、読んでいる本は、1908年(明治41年)4月29日に、警醒社書店から刊行された、英文著作、Representative Men of Japan(代表的日本人)の翻訳書です。その訳者は、鈴木範久氏で、岩波書店の発行です。第1刷は、1995年7月に発行され、今回、読んだのは2011年6月発行の第35刷です。 私は、内村鑑三の「後...

    2012年4月5日

    椎野 潤

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    内村鑑三「代表的日本人」を読む(1)1.代表的な日本人 内村鑑三の「後世への最大遺物」を読み、その言葉に感動し、今こそ、これが必要だと感じ、これからの生活を、この言葉に従って生きて行こうと決心した私ですが、内村鑑三が、同じ頃、執筆した代表的な著作「代表的な日本人」を、是非、読まねばならないと思っていました。買い求めましたが、なかなか、時間が取れず、読めませんでしたが、ようやく、時間がとれ、今日から...

    2012年4月4日

    椎野 潤

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    「内村鑑三 生誕150年」講演会(3) 「後世への最大遺物」の天職観

    「内村鑑三 生誕150年」講演会(3)「後世への最大遺物」の天職観 内村鑑三の「後世への最大遺物」の中で示されている、「勇ましく高尚なる生涯」を考えるとき、極めて重要なものに、内村鑑三の天職観があります。新保祐司偏「内村鑑三」の中で、立教大学名誉教授、鈴木範久氏は、以下のように記されています。 「京都にあって妻子をかかえ、内村が生涯にわたり、忘れがたいほどの極貧生活の最中に行なわれた講演が、『後世...

    2012年3月19日

    椎野 潤

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    「内村鑑三 生誕150年」講演会(2) 内村鑑三 十年の彷徨

    「内村鑑三 生誕150年」講演会(2)内村鑑三 十年の彷徨 新保祐司偏、「内村鑑三(藤原書店)」を、読み始めました。そして、内村鑑三が、「後世への最大遺物」を、青年たちに向って話した時の、生活と思想を、良く理解することができたと感じました。この本の中で、新井明氏は、「ピューリタニズムの培った十年の彷徨」の章の中で、以下のように、書いています。彷徨の十年「内村鑑三(1861~1930)はアメリカ留学...

    2012年3月18日

    椎野 潤

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    「内村鑑三 生誕150年」の講演会(1)

    内村鑑三 生誕150年 今日、「鎌倉の教育を良くする会」 第43回 講演会「内村鑑三 生誕150年」を聞きにいきました。講演者は、都留文化大学教授、新保祐司氏です。この講演会は、伊佐ホームズの伊佐裕社長から、ご紹介されました。いただいた、パンフレットのコピーには、以下のように、書かれていました。 「『深い』言葉を必要とする今」 「西洋による植民地化を逃れるべく西洋化した近代日本。日本の近代の『平面...

    2012年3月17日

    椎野 潤

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    ワンダフル・ピープル 水流 潤太郎(つる じゅんたろう)さんから、年賀状をいただきました。水流さんには、国土交通省住宅局木造住宅振興室長時代に、大変、お世話になりました。当時、私は、「建築市場研究」という、木造住宅作りの改革運動に、熱をあげていた時でした。あの頃、いろいろと、ご支援をいただきました。年賀状には、以下のように、書かれていました。 明けましておめでとうございます。 暮れに新聞のコラムで...

    2012年1月4日

    椎野 潤

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    箱根駅伝(復路) 今日、正月三日は、箱根駅伝の復路のテレビ中継がありました。このテレビ中継を見て、若者達が死力をつくして頑張る姿を見ていると、この歳になっても血が騒ぎます。 今年の第88回箱根駅伝は、東洋大学の圧勝でした。往路、復路、総合の優勝の完全優勝で、総合優勝タイムは、10時間51分31秒で、驚異的な記録です。駅伝もマラソンと同様、高速時代に入った感じです。新時代に突入したようです。 東洋大...

    2012年1月3日

    椎野 潤

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    2012年1月2日

    椎野 潤

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    スティーブ・ジョブズ、Ⅰ、Ⅱ、を読む(その6)マッキントッシュの発売、その栄光と沈没 「アップルⅡ」のお蔭で、アップルは、ジョブズのガレージから、一気に、新興産業のトップ企業にまで、登りつめました。販売台数は、1977年の2,500台が、1981年に21万台と、うなぎ登りに増加しました。 しかし、ジョブズは、いらいらしていました。「アップルⅡ」が、いつまでも売れ続けることは、ありえないし、また、電...

    2011年12月15日

    椎野 潤

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    スティーブ・ジョブズ、Ⅰ、Ⅱ、を読む(その5)アップルⅡの登場、ニューエイジの夜明け パーソナルコンピュータ・フェスティバルの展示開場を歩きまわりながら、ジョブズは、パーソナルコンピュータは、全てがそろったパッケージの状態でなければならない。次のアップルは、キ―ボードが組み込まれた、素晴らしいケースを用意し、電源から、ソフトウエアから、モニターまで、全て、一つにまとめた製品にしようと、考えていまし...

    2011年12月12日

    椎野 潤

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    2011年12月10日

    椎野 潤

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    2011年12月8日

    椎野 潤

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    2011年12月6日

    椎野 潤

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    スティーブ・ジョブズ、Ⅰ、Ⅱ、を読む(その1) 21世紀において、後世に残る遺物を遺した人は、誰だろうかと考えたときに、真っ先に、アップルの会長のスティーブ・ジョブズのことが、頭をよぎりました。そのスティーブ・ジョプズの伝記が出版されたと聞き、さっそく、それを購入しました。 今、それを読みはじめています。その帯には、「最初で最後の決定的伝記」「いま明かされる、カリスマのすべて」「自身が語り尽くした...

    2011年11月30日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その19)私が遺す「後世への最大遺物」、私の夢、「私の遺したい生涯」の形 50年後の日本の建設労働者の80%は、海外の人達になるでしょう。その95%が、「建サク」を通じてくるようにしたいと思います。 そこで、マッチングして、販売されるものは、「技術」、「人の誠実と信頼」、「工事完成に対する責任」です。50年後の想像を絶する進歩をした、超高度のコンピュータ技術と、人と...

    2011年11月23日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その18)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その18)おわりに 私は、ここで、内村鑑三の「後世への最大遺物」に関連して、三冊の本を読み、その要点を記し、そこで感じた感想と、込み上げてくる「思い」を書き連ねました。これは、私が読んだ本を要約し、その読んだ内容についての、私の「思い」を書き加えた「ブックレビュー」です。 このブックレビューによって、100年前に、偉大なる「内村鑑三」が遺した、珠玉の言葉の数々を、現...

    2011年10月27日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その17)デンマルク国の話 信仰と樹木とをもって国を救いし話(その2)木を植えて国を甦らせる 「デンマーク人は、戦いに敗れて、家に還ってきました。還り来(きた)れば国は荒れ、財は尽(つ)き、見るものとして、悲憤慷慨の種ならざるはなしでありました。『今や、デンマークにとり、悪しき日なり』と彼らは相互に対していいました。この挨拶に対して、『否(いな)』と答えうる者は、彼...

    2011年10月26日

    椎野 潤

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    2011年10月24日

    椎野 潤

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    2011年10月21日

    椎野 潤

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    2011年10月17日

    椎野 潤

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    2011年10月16日

    椎野 潤

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    2011年10月15日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その11)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その11)青山士が後世に遺したもの(4)荒川放水路の開削(その1) 明治45年(1912年)1月27日、青山士は、日本郵船の客船で、横浜港に着きました。港で、彼を出迎えたのは、末弟の杉村良介だけでした。内村鑑三門下生の友人達の姿は、ありませんでした。青山士の青春は、終わったのです。 翌日、恩師廣井勇教授を、牛込区市ヶ谷仲之町の私邸に訪ねました。帰国報告のかたわら、就...

    2011年10月13日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その10)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その10)青山士が後世に遺したもの(3)パナマ運河の開削(その2) 明治37年(1904年)3月3日、アメリカ政府は、パナマ運河建設に向けて、海軍将校ジョン・ウォーカーを理事長とする、パナマ地峡理事会(ICC)を、正式に発足させました。巨大運河の建設事業は、軍隊を投入し、アメリカ政府直轄事業として、展開されることになりました。 しかし、現地測量が、一向にはかどらず、...

    2011年10月12日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その9)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その9)青山士が後世に遺したもの(2)パナマ運河の開削(その1) 青山士の後輩の高橋裕氏(執筆当時、東京大学、工学部助教授)は、土木学会誌の昭和37年(1962年)1月号に「名誉会員、青山士氏をお訪ねして」の中で、以下のように書かれています。 「『その頃から、私の気が、だんだん、変になってきたんですよ』と先輩(青山士)は、懐かしげに笑いながら、パナマ時代のことを回顧...

    2011年10月11日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その8)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その8)青山士の生涯(1) 内村鑑三の「後世への最大遺物」を読んで、その志と言葉に共鳴し、その志を実践して、わが国の貴重な土木構築物を後世に遺した、青山士(あきら)について、もう少し、詳しく、調べてみようと思いました。私のブログを読んで下さっている人の中には、土木関係の方も多いので、読んでいただければ、良いお手本になるだろうと、思ったからです。 そこで、青山士が書い...

    2011年10月10日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その7)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その7) この一年、後世への遺物を溜めて、また、集まろう内村鑑三は、後世への最大遺物の中で、また、以下のように言っています。 もし、私に、良い友人があったならば、大事業ができるのではないかと思いませんか。そのような考えは、人々に、実際に起こる考えであります。しかし、種々の不幸に打ち勝つことによって、大事業というものは出来るのです。それが大事業です。それ故に、われわれ...

    2011年10月8日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その6)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その6) 内村鑑三の言葉が大きな影響を与えた人達 内村鑑三の思想や言葉が、その人の生涯を決めてしまうほど、大きな影響を与えた人が、多数、存在します。今回は、その人達のことを、少し、たどって見ましょう。青山士(あきら) 内村鑑三の思想と言葉に、大きな影響を受けた人の一人に、青山士がいます。青山士は、一高時代の1899年、内村鑑三の社会教育演説会に出席し、そこで、はじめ...

    2011年10月8日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その5)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その5) 夏期講演「後世への最大遺物」第二回、(2) 内村鑑三は、金も遺物ではあるが、最大遺物と言うことはできない。事業も著述も、また、同様である。人間が、誰でも後世に遺せるもの、それは「勇ましい高尚なる生涯」だろうと言っています。 内村鑑三は、これについて、以下のように言っています。 「人間が、後世に遺すことのできる、そうして、これは誰にでもできる遺物で、利益ばか...

    2011年10月6日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その4)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その4) 夏期講演「後世への最大遺物」第二回、(1) 内村鑑三は、金を遺すことにも、事業を遺すことにも、天職にないものは、何を遺したら良いのか、それは「思想」だろうと言っています。 内村鑑三は、これについて、以下のように言っています。 「もし、私が、金を溜めることができず、社会が、私が事業をすることを許さなければ、私は、まだ、一つ、遺すものを持っています。それは、何...

    2011年10月4日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その3)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その3) 夏期講演「後世への最大遺物」第一回、(2) 内村鑑三は、金を遺す天職にないものは、一体、何を遺したら良いのか、それは「事業」だろうと言っていますが、この「事業」という言葉は、現代で使われている言葉とは、少し意味合いが違うように思われます。内村鑑三は、「事業」について、以下のように、述べています。 「どういう事業が、一番、誰にも、わかるかというと、それは土木...

    2011年10月2日

    椎野 潤

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    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その2)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その2) ブログを、4日ほど、お休みしました。今、「オープン・コスト・ハウス」という本の執筆を、進めています。この一カ月ほど、ブログに書いてきたものを、今、本の原稿に、まとめているのですが、この作業のため、4日間、ブログが、書けませんでした。今日から、また、ブログを再開します。夏期講演「後世への最大遺物」第一回、(1)内村鑑三は、この夏期講演で、最初に、以下のように...

    2011年10月1日

    椎野 潤

  • 後世への最大遺物

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その1)

    内村鑑三の「後世への最大遺物」(その1) 内村鑑三の「後世への最大遺物」を読みはじめました。これは、私が、若い頃、読んで、深い感銘を受けた本です。この本は、私の書架のどこかに、おいてあると思っていたのですが、探してみても、見つかりませんでした。そこで、アマゾンで、あらためて、購入しました。 今回、アマゾンで、探した範囲では、以前、私が持っていた本は、見つかりませんでした。見つけたのは、立教大学の鈴...

    2011年9月26日

    椎野 潤