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    人生観(8)

    何のために学ぶのか 今回からは、“生きるために過去を直視する”にはどうすべきなのかについて、小林秀雄の論理を検討していきます。まず、この〈小林秀雄〉編の初回記事で書いたように、私の問いは、学術研究をしていた私が、精神病院に入れられて「狂人」になったのはなぜかということです。 私は、学術研究をしていた時に、次のようなことに関心を有していました。それは、「軍事力」の意義とは何か...

    2021年9月18日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(7)

    知覚を拡大するとき、人は沈黙する 前回指摘したように、小林秀雄が支持するのは、日常生活から出発して思想にまで高めるという論理です。ただ注意すべきは、この論理が、「社会生活の実践的有用性の制限から解放される事」によって確実になるということです。今回は、この“逆説”について詳しく検討していきます。 まず、小林は、「リルケにロダンを語った美しい文章があります」と述べて、以下のよう...

    2021年8月5日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(6)

    「生活」と「思想」 前回は、宮本武蔵の「心眼」について説明しました。その内容を踏まえて、今回は、小林秀雄「私の人生観」における、生活と思想・芸術の関係について考えます(小林秀雄『人生について』中公文庫、2019年)。 小林によれば、武蔵は「経験尊重の生活から、一つの全く新しい思想を創り出す事に着目した人」でした。まず、武蔵の「思想」とは、勝つという行為です。そして、自分を勝たせたのは、「自分の腕の...

    2021年7月30日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(5)

    宮本武蔵の観法 今回は、引き続き小林秀雄の「私の人生観」(小林秀雄『人生について』中公文庫、2019年)より、宮本武蔵の思想を取り上げます。小林は、これまで検討してきた「観法」の論理に基づいて、武蔵の「心眼」について論じています。 今回は、引用が多くなりますが、小林の指摘から重要な論点を引き出しましょう。 「宮本武蔵の独行道のなかの一条に『我事に於て後悔せず』という言葉がある」(小林、前掲書、39...

    2021年6月3日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(4)

    空観 前回は、小林秀雄の議論に基づいて、仏教が審美性を持ち得た要因が「観法」にあることを説明しました。今回は、仏教の「空観」とその意義について説明した後で、「空観」と「科学」の違いと、その背景にある釈迦とキリストの違いについて説明します。 「仏教の思想を言うものは、誰でも一切は空であるという、空の思想を言います」。「空の問題にどれほど深入りしているかを自他に証する為には、自分の空を創り出してみなけ...

    2021年5月21日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(3)

    「観法」 今回は、自力で「宗教的体験」をするということについて、さらに具体的に考えていきます。取り上げるのは、小林秀雄「私の人生観」(『人生について』中央公論新社、2019年)です。仏教の「観法」が創造性の源泉だというのが、小林の議論の核心です。 仏教の思想は、「観」という言葉(見るという意味)に価値をおきました。「禅というのは考える、思惟する、という意味だ、禅観というのは思惟するところを眼で観る...

    2021年5月10日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

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    『遠野物語』と白鹿の話 今回は、「信ずることと知ること」を取り上げます。この論考にて小林秀雄は、「宗教的体験」とその意義について、具体的に論じています。筆者なりにまとめると、なぜ柳田国男は『遠野物語』という優れた作品を生み出すことができたのかということが、小林の問題意識なのです。今回は、小林の議論を組み立て直して、彼の考えを明確にします。 さて、小林は、柳田国男の『遠野物語』に出てくる白鹿の話を紹...

    2021年4月12日

    中西 哲也

  • 小林秀雄

    人生観(1)

    小林秀雄の「宗教的体験」 今回からは、「宗教」に関する新たなシリーズに入ります。五木寛之の議論を検討した結果、「宗教的体験」をする重要性を学びましたが、課題は、それを「他力」ではなく「自力」で為すということにありました。このシリーズでは、この点について深く考察していきます。 この課題探究にあたって、小林秀雄の書籍を題材とします。具体的に言えば、『人生について』と『考えるヒント2・3』です。小林の議...

    2021年3月26日

    中西 哲也