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    「創造性」の論理とその前提 今回は、シリーズの最終回です。前回は、「内発性」を基調とする「創造性」の論理が、常人の発想と異なる理由について、“直観による内省”という観点から検討しました。今回は、前回の考察を踏まえて、「狂気」を絶対的に感ずるとはどういうことかについて、より詳しく検討します。 前回整理した筆者の「仮説」を簡潔に言えば、「狂気」を絶対的に感ずることによって、「新...

    2020年2月20日

    中西 哲也

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    「狂気」について(12)

    「分かっているのにやめられない」問題 今回と次回で、これまでの議論を踏まえて、“直観による内省”について整理します。 前回は、「狂気」を「創造性」にまで高める方法について、筆者が実践している方法を紹介しました。その眼目は、「合理性」で抑え込まずに、「内」から出発できるように促すことにあります。また、これは、若い時分に“構造からの自由”を志向していた筆...

    2020年2月14日

    中西 哲也

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    「狂気」について(11)

    「狂気」を「創造性」にまで高める方法 筆者の個人的経験を取り上げながら、岩波明が考える、天才を殺さない社会について、具体的に考えてきました。天才を殺さない社会では、教育体制が、「ヒエラルヒー」ではなく「ネットワーク」に移行しているというのが、前回記事の結論です。その理由は、「ヒエラルヒー」よりも「ネットワーク」の方が、生徒が「内」から出発しやすいからです。 とはいえ、現場においては、教師と生徒の間...

    2020年2月8日

    中西 哲也

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    「狂気」について(10)

    「ヒエラルヒー」と「ネットワーク」 今回も、前回に引き続き、岩波明の議論の検討を踏まえて、筆者の個人的経験を取り上げます。前回の考察に従えば、「画一的教育」の背景には、「ヒエラルヒー」構造の教育体制があります。「ヒエラルヒー」構造では上意下達がなされるので、構造の下部に位置する生徒は、自分の「内」から出発しにくくなります。 結論から言えば、今回の記事の目的は、前回考察した「ヒエラルヒー」構造に代わ...

    2020年2月1日

    中西 哲也