ECC国際外語専門学校・非常勤講師
四谷学院・非常勤講師中西 哲也

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関西学院大学・法学研究科・博士後期課程単位取得退学
龍谷大学法学部・非常勤講師(~2018年)
なかにしそろばん塾・講師

中西 哲也の新着記事

  • パラドックス

    直感と論理(6)

    内省による逆説 今回は、『学ぶということ』の中から、鹿島茂「考える方法」を取り上げます(桐光学園+ちくまプリマー新書編集部・編『続・中学生からの大学講義1 学ぶということ』筑摩書房、2018年)。 前回は、「内省」の真の意義は、直感に基づいて計算することを可能にすることだという点...

    2019年10月12日

  • パラドックス

    直感と論理(5)

    直感に基づいて計算する方法 今回は、『学ぶということ』の中から、美馬達哉「リスクで物事を考える」を取り上げます。今回も前回と同じく、“直感に基づいて計算する”という観点から、美馬の論考を批判的に検討します。 『学ぶということ』の中から、内田樹と池上彰の論考...

    2019年9月30日

  • パラドックス

    直感と論理(4)

    『学ぶということ』の構図 今回は、池上彰「学び続ける原動力」を取り上げます(桐光学園+ちくまプリマー新書編集部・編『続・中学生からの大学講義1 学ぶということ』筑摩書房、2018年)。まず、前回までの議論を整理しておきましょう。 内省 → 教養 → 課題探求能...

    2019年9月26日

  • パラドックス

    直感と論理(3)

    「問う力」とは何か 前回は、野依良治の議論の核心を批判的に検討しました。結局筆者が言いたかったことは、野依は日本の教育の問題点として「問う力」の欠如を指摘していますが、根本的に「自分に問いかける力」を見直すべきではないかということです。 今回は、この「自分に問いかける力」について...

    2019年9月21日

  • パラドックス

    直感と論理(2)

    “パラドックス”について 前回は、野依良治の記事を中心に、日本の教育問題について考えました。今回は、野依の議論の核心を批判的に検討していきます。 前回確認したように、野依の議論の核心は、個人が直感と論理を強化することが、社会全体の利益を増進させるというもの...

    2019年9月15日

  • パラドックス

    直感と論理(1)

    野依良治が本気で怒っている理由 今回のシリーズでは、「問い」を発することについて、〈直感と論理〉という視角から、考えてみたいと思います。 前編では、「承認」をめぐるディレンマについて取り上げました。筆者自身の闘病体験から言えば、自分で自分の存在を承認するべきなのですが、自分の精神...

    2019年9月9日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(10)

    最終回の課題 今回が、〈斎藤環と承認〉編の最終回になります。前回予告した通り、斎藤(フランクル)の論理の核心に対する批判的検討を通じて、筆者自身の考え方も明らかにしたいと思います。 前回、フランクルの“問いの反転”について詳しく検討しました。簡潔に言えば、...

    2019年8月31日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(9)

    “問い”の反転 前回は、斎藤環のフランクル解釈を確認しました。斎藤によれば、フランクルの「構図」とは、自分の人生や存在を全面的に肯定しておきながら、人生から自分で「意味」を見つける努力をするように鼓舞されるというものでした。 斎藤は、この「構図」が矛盾して...

    2019年8月25日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(8)

    斎藤環とフランクル 前回は、筆者の個人的経験から、精神のリハビリ施設の問題点を指摘しました。その問題点とは、先に他者からの承認を得られることを期待して、自分から承認を与えることが後回しになるということです。 今回と次回の記事で批判的に検討しますが、この問題点は、斎藤環の問題点でも...

    2019年8月17日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(7)

    「ディレンマ」と「矛盾」 前回は、承認が循環するという、斎藤環の「構図」を批判するために、筆者の個人的な経験を例に出しました。自分で自分の存在を承認することを起点として、他者を承認するという論理には、筆者も賛同します。しかし、斎藤は、この「内」から「外」という論理と同時に、「外」...

    2019年8月14日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(6)

    「愛」の問題 前回は、斎藤環の「構図」を抽出して、それに内在する問題を指摘しました。簡潔に言えば、その問題とは、次の点に対する認識が不十分だということです。すなわち、他者との関係構築を重視することと、自分で自分の存在を承認することが、両立しがたいという点です。 今回は、このディレ...

    2019年8月7日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(5)

    斎藤環の「構図」 前回は、「鏡像」関係の理論における「相互承認」の論理を説明しました。今回は、斎藤環の文献を読み解きながら、斎藤の「構図」を抽出していきます。 まず、「相互承認」の論理は、他者からの承認で自己愛が成立するという前提に依拠しています。ちなみに、「自己愛とは自分という...

    2019年7月31日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(4)

    川崎殺傷事件の経緯 前回は、「どのように承認を得るのか」という第2の論点について理論的検討を行い、元農水省事務次官が起こした事件の根本原因を指摘しました。今回は、川崎市の殺傷事件を取り上げて、理論的観点から原因の探求を行います。 「ひきこもり」の人たちは、通常「通り魔」事件を起こ...

    2019年7月26日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(3)

    「共依存」と「鏡像」 前回は、「ひきこもり」当事者が、他者から承認されたいと望みながらもその望みがかなわず、「自己否定」から暴力に訴えるという構図を確認しました。 今回は、「ひきこもり」に関連した2つの事件を読み解く第2の論点として、「どのように承認を得るのか」という点を取り上げ...

    2019年7月22日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(2)

    誰からの承認か 前回は、精神科医の斎藤環の分析に基づいて、「コミュニケーション」と「承認」という視点から、川崎市の殺傷事件と農林水産省の元事務次官が自分の息子を殺害した事件について説明しました。2件とも、「ひきこもり」が関連しているという報道がなされています。 管見の限り、斎藤が...

    2019年7月15日

  • ヒューマン・ディレンマ

    「承認」について(1)

    内面のディレンマ これまで、自分の内面を見つめることが創造的行為につながるということを論じてきました。 以前に、藤原正彦の著書『国家と教養』を取り上げましたが、藤原も「内」の重要性を指摘していました。藤原の議論の要点は、筆者なりに解釈すれば、「外」の知識も重要だが、「内」の情緒と...

    2019年7月8日

  • 創造性

    「創造性」についての覚書(その七)

    提言の前提 今回は、〈川喜田二郎編〉の最終回になります。前回指摘したのは、川喜田の狙いとは対照的に、現代の若者が世界の「外」にいて、「今」を過去や未来との関係で捉えていないという問題です。 また、この「今の捉え方」が、「自分の歴史の捉え方」とも関連しながら、「自己意識」あるいは「...

    2019年6月30日

  • 創造性

    「創造性」についての覚書(その六)

    「今」の捉え方 前回は、「個性」に関する、川喜田二郎の「核心的論理」を批判的に検討しました。簡潔に言えば、「核心的論理」の前提となっている「世界内的認識」は、「無我」の状態であるべきなのに、「環境」に意識を向ける主体が存在しているという問題を抱えています。 今後、この川喜田批判の...

    2019年6月27日

  • 創造性

    「創造性」についての覚書(その五)

    「環境」と「個性」 今回から、前回抽出した、川喜田二郎の「核心的論理」とその前提を批判的に検討していきます。 川喜田の「核心的論理」とは、「環境」をしっかりと把握することができさえすれば、自然と「個性」や「主体性」も発揮できるという論理でした。この論理は、自己が自然・環境と一体で...

    2019年6月21日

  • 創造性

    「創造性」についての覚書(その四)

    思想としての「総合」 今回は、川喜田二郎の議論の意義を確認したあとで、「個性」と「主体性」に関する「核心的論理」を抽出します。 川喜田によれば、「我」を前面に出す西欧文明には、次のような特徴があります。それは、自分が創造するのみで、創造によって自分が変わることを認めないことや、仕...

    2019年6月13日